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森本喜久男さんとの内緒の話 ブログトップ

森本さんの最後の映像は観ましたか? [森本喜久男さんとの内緒の話]

 こんばんは。月日はあっと言う間に経ってしまいます。

 森本さんが逝ってから幾日経ったか忘れました。彼と知合いになったのは1998年ですから、もっと親密で熱烈なファンになっていても良かったはずですが、一定の距離を置き続けました。彼は危険な人でしたから。何と言うか、人を虜(とりこ)にしてしまうのです。まるで、麻薬のように、です。多分「森本病患者」は世界中に何十万人もいるでしょう。ですから、私は距離を置きました。寄付は何十万円かしましたけれどね。ハハ、これって立派な「森本病患者」ですね。

 でも、伝統の森の追悼の会には行きませんでした。お別れはもう済ませていたからです。今年(2017年)初頭に予定外で伝統の森に出向きました。彼との最後の会見でした。交わしたのは短い会話でしたが、二人ともこれが最後だと分かっていました。人には寿命があります。彼の70歳を若すぎるという声もありますが、彼曰く「僕はやり遂げた。後のことはもう既にカンボジアの彼らに任せてある」です。

 ひょっとしたら、1年後には無くなっているかも知れないし、100年後にも繁栄しているかもしれない「伝統の森」です。彼らカンボジア人の底力に期待します。

 私の唯一の残念は、森本さんが予定していた「茶室」でいっしょにお茶をいただけなかったことです。

 私のような異色の人間は伝統の森を支えるスタッフには煙たい存在かも知れませんので、再訪するか迷っていますが、一応年末プランには入れてあります。でも、森本さんのいない伝統の森は空疎に感じられることでしょう。


 以下は故森本喜久男さんの最後の映像です。来年には前にも紹介した若手映画監督の映画も世に出ますが、私流に言えば「間に合ってない」ですね。完成度よりも時間を大切にしなければならなかったはず、と思うのは勝手な思い込みなのでしょうね。


 情熱大陸 #949「テキスタイル・デザイナー/森本喜久男」追悼 特別再配信 2017年4月9日放送分。期間限定です。2017年8月20日まで?

http://www.dailymotion.com/video/x5hp5pr

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巨星墜つ! しかし功績は永く残る・・・ [森本喜久男さんとの内緒の話]

 IKTTの岩本さんから本日(2017年7月6日)メールマガジンが配信されました。森本喜久男さん逝去の知らせです。以下にその一部をコピペします。ご冥福を祈ります。

森本さんとの楽しい会話の一部はこのブログの過去の記事で読めます。



(コピペ開始)


IKTT代表の森本喜久男は、7月3日の早朝、享年70で永眠いたしました。ここに心から哀悼の意を表すとともに謹んでお知らせ申し上げます。なお、通夜及び葬儀、告別式は故人の意思、ご家族の意向で家族葬にて執り行われました。


(コピペ終了)



(PS)きっと日が経つにつれ、森本さんの偉大さをたたえる声が各方面から起こってくる事でしょう。その前に記事を読んでおいてください。私の記事のほうが正確ですから。


(PPS)

森本喜久男さんの最期についての記事が以下で読めます。

http://d.hatena.ne.jp/takase22/20170703

2013シェムリアップ訪問記(17)森本さんとの会話 その12 [森本喜久男さんとの内緒の話]

こんばんは。北海道の雨がすごいですね。酷い被害が出ないといいのですが。今回も森本さんとの会話の続きです。


S、でも、私の友人は、アメリカはチャンスのある国だと言っています。

M、アメリカでは這い上がって行くことが可能なんですね。

S、そうですね。日本だと、経済構造が出来上がってしまっていて、新参者がのし上がって行くのはまず無理です。新たな分野を切り開いて行くしかないような感じです。それにしても巨大な資本にはかなわないです。官民が癒着しているという意味においては、日本もカンボジアも、どこの国も一緒です。巨大な勢力には対抗できません。

M、私自身についても今の状態を見て、快く思わない人がいます。大手の傘下に入らないですから。そういう人が私たちの製品を嫌がるのがわかることあります。

S、ブランドが確立するまでは、抵抗勢力が立ちはだかるのでしょうね。メジャーになると一瞬に風向きが変わりますからね。

M、そういう感じがありますね。ロレックス賞をもらった時にも、私を選んでくれたんですが、彼らがすごく多くの選択肢があった中で、なぜ私が選ばれたかはいまだに考えることがあります。

S、ずっと多くのヨーロッパのお客さんが森本さんの製品や活動を目にし、購入して来たわけですから、その繋がりでしょうね。フランスやドイツは本物志向がありますからね。スイスにも当然声が届くでしょう。

M、英語で私を紹介した記事があるのですが、「Emperor of Silk」なんです。私のところのやっている布づくりは200年くらい前と同じなんです。もう世界中にどこにもないやり方です。実際にそれをやっているところなんてもうどこにもない。

S、採算がまったく合わないし、やろうなんて思う人がいないでしょうね。

M、ロレックス賞は、ビジネスとしては成り立たないことを、私が敢えてやったという事に対する評価かも知れません。

S、そういう哲学的なものに対する尊敬の念がヨーロッパでは強いですね。フランスの日本武道や相撲への関心の高さは独特です。人を助ける哲学の実践は国境なき医師団ですが、その発祥もフランスです。ジャーナリズムにおいても、ジャーナリストが戦場で死ぬことは普通だと言い切っています。日本のマスコミとは随分違います。覚悟の違いを感じます。
 UNCHRの緒方さんもかつて多くの部下を戦場で失った時に、非常に悲しい事ではあるが、彼らの血はムダにはならない、我々はこれからも必要な血を流すことに躊躇しないと言っていました。日本人の心性とは随分違います。

M、私がこちらに来た当時も相当危険はありましたが、当時はそういうものだと納得していました。

S、人の生き死には本当に紙一重ですね。非常に志の高い人が一瞬に亡くなる時もあります。黙々と人のために尽くしても一生話題になることもなく終わる人もいます。皆名声が欲しくてやっている訳じゃないんですね。

M、名声なんて、後でついて来るものですから。


(今回はここまで)

2013シェムリアップ訪問記(16)森本さんとの会話 その11 [森本喜久男さんとの内緒の話]

 こんにちは。久しぶりに対人地雷のHPも更新して、こちらのブログも更新できます。ちょっと心が休まります。まずは行動ですね。さて、森本さんとの会話を続けます。昼食後のおしゃべりです。


S、こちらの蚊取り線香はちょっと弱い感じがしますね。

M、そうですね。それに早く燃え尽きてしまいます。僕は蚊帳が嫌いなものですから、蚊取り線香だけで夜寝るんですよ。そうすると、夜中の3時頃に尽きてしまって、消えてしまうんです。そうすると蚊に刺されて、目を覚ますなんてことが結構よくあります。

S、そうですか。伝統の森を訪問する時には、土産物は日本製蚊取り線香を、とネットで周知した方が良いかも知れませんね。

(エサをもらえるということで、犬が上がって来て)

M、犬も猫も、自分たちの食事の番を待っていたんです。

S、それはすごい。でも、犬と猫は仲が悪いのではないですか。

M、いえ、仲はいいですよ。うちは、犬も猫も、アヒルも鶏も共存です。たまに犬の嫌いな人、猫の嫌いな人がいますでしょ。そういう人が来ると大変ですよ。

S、普通犬や猫の嫌いな人は、動物の方もそれを察するようなんですが、この村の犬や猫はあまりそういう反応をしませんね。日本の方がずっと人見知りが激しいです。

M、そうですか。こちらの犬も猫も人見知りしませんね。

S、とても不思議なくらいです。猫なんか日本ではものすごく人を警戒しています。

M、ここでは、いじめられることはないですから。

(MJQのジャズを聞きながら)

S、1976年に、建国200周年で初めてアメリカに行ったんですが、ニューヨークの港近くの倉庫街でジャズ演奏をやっている店に入ったことがあります。地下鉄で行くととても危険な感じでした。

M、なんて名前ですか。

S、全然覚えてないですね。ジャズの好きな人に誘われて行ったんですよ。

M、ニューヨークの下街には結構そういう店がありますね。ブルックリンとかですかね。

S、今でも覚えていますが、落書きで一杯の地下鉄に乗っていくんですが、だんだん人が降りていって、最後にはほとんど誰も乗っていないような感じになってしまうんです。ある意味恐ろしかったですね。でも、店には客が一杯入っていましたから、車で来ているんでしょうね。

M、僕はアメリカに行った時に、マサチューセッツの田舎にホテルに泊まったとき、ある場所に行くとき、タクシーが無いんで、地元の人にどれくらいの距離だ、って聞いたら「ニア」って、いうものだから、歩いたらとんでもなく遠かったことがあります。

S、そうですね。10キロくらいあっても、「ニア」ですからね。まあ、アメリカでは、歩いている人って、まずいませんよね。

M、いませんね。

S、それに、昼間の住宅街でも子どもが外で遊んでいることはありませんね。治安が悪いんでしょうね。私の友人が住んでいるアメリカの街はかなり治安が良いと言っていましたが、子どもが外で遊んでいるのを見ませんでした、せいぜい、家の前だけです。それが、普通なんでしょう。

M、なるほど。

(以下、次号へ)

2013シェムリアップ訪問記(15)森本さんとの会話 その10 [森本喜久男さんとの内緒の話]

 こんにちは。かれこれ半年ぶりでしょうか。サボってばかりいますが、またシェムリアップブログを始めます。森本さんとの話に一応のけりをつけたいので、前回の続きを書きます・

ショップをミュージアムに】

M、村の入り口の所にショップがありますね。1階の土間が機織り場で、2階がショップなんですけど、将来ミュージアムにしようと思っているんですよ。でも、ミュージアムを作るのは僕の仕事じゃないとも思っている。僕は保存じゃなくて、新しい布を作っていくのが仕事だと思っています。今僕の持っている古い布を2階のミュージアムに置いて、今あるショップは1階に降ろして、機織り場は村人用に新しく高床式の家をもう何軒か建てて、織り機をならべて各自の家で織ってもらう形にしようと思っています。

S、水害は大丈夫でしょうか。

M、土手を作りますから、大丈夫でしょう。

S、本気で、織物を保存しようとしたら、温度や湿度の管理が大変じゃないですか。

M、それが違うんですよ。例えば、こういう100年以上前の織物を一杯持っていて、ここ(戸棚)に入れっぱなしにして、1年以上放ってあるんです。それでもなんともないんです。

S.木の家で、空調もなしででも大丈夫だと?

M、逆なんです。コンクリートの家でスチールとガラスのケースに入れるから、布が痛むんです。ナチュラルじゃないのが布に良くないんです。ここは家も木でしょ。外には森があるでしょ。空気が自然に流れてる。僕はここにいたら、こんなに暑いとこなのに1年中扇風機も使わないですから。そんなものはいらないと思うくらい快適なんです。布も一緒なんです。居心地がいいんですよ。居心地の悪い環境に入れて、温度が何度、湿度が何パーセントというのは僕から言わせれば、クレージーです。

S、なるほど。

M、だから、違和感のある環境を設定して、敢えてそれに合わせようとするみたいなのは却ってダメなんです。博物館学って、ありますね。その中で、保存の分野があって、温度や湿度や照明なだかんだって教えていますが、僕はあれをちらっと見て、面白いな、僕とは全然反対だと思いました。元々、素材に合わない建物(博物館)を作っておいて、なんだかんだは無いだろうって。僕はこれらの古い布を何年も放ったらかしですよ。金額にしたら、とんでもないものが実際ここにあるんですが・・・。

S、自然の中で作られたものはその自然の中で保管すべきだという訳ですね。

M、そうです。

S、奥の深い話ですね。それが、当たり前なんでしょうが。つい既成概念に捕われてばかなことを聞いてしまいました。

M、博物館はコンクリートの特殊な環境ですから、それをまた調整してやる必要があるということです。日本でも、昔は桐のタンスで衣類を保存しました。木の家の中で桐のタンスに入れて保存しました。だから、コンクリートの建物の中では桐のタンスは合わないですよ。日本の紙と木と土壁でできた家の中での桐のタンスという、トータルな環境の中で、衣類に最適な保存状態ができていたのです。布にとって最良な、自然の調整が行われていたのです。

(以下次号へ)

2013シェムリアップ訪問記(14)森本さんとの会話 その9 [森本喜久男さんとの内緒の話]

おはようございます。今日もこのブログを読んでいただきありがとうございます。森本喜久男さんとのインタビュー記事のアップが久しぶりになりました。でも、過去分が結構読まれていますね。では、さっそく行ってみましょう。例によって、Sは私、Mは森本さんです。

さて、今日の話題は…。

【音楽のこと その2 アルバート・アイラー他】

S、ジャズもクラシックからモダンまでいろいろあると思うんですが、森本さんは特にどの分野がお好きなんですか。

M、僕は10代後半にジャズ喫茶に入り浸っていました。70年代半ばくらいまでですね。オーネット・コーネル、コルト・レーン、マイルス・デービス、エリック・ドーフィンなんかを一生懸命聞いていましたね。

 当時アルバート・アイラーというサックス奏者がいて、最後はニューヨークの運河かなんかに浮かんじゃったプレイヤーなんだけど、僕の感覚では、彼の出す音はジャズの中でも、人間の身体から楽器を通して出せる音の限界だったと思う。あれを超えることは多分人間にはできないと思う。彼は人間の限界を超えて死んじゃった。

 変な言い方だけど、僕はあのきわの高まりまでいっちゃったから、あれが好きで聞いていたから、あれを超える音はないだろうなと思いますよ。僕はあそこまで好きで行っちゃったから。ハハハ。

 他にもジャズで好きなMJQとかありますが、今でもコルト・レーンのソフトなやつなんかを聞いています。心地いいですからね。ただ、音が自分の身体と一体化して、自分のテンションを高揚させていくのとは違いますね。ただ、BGMとして流す感じです。

S、自分と共存しているような感じではない・・。

M、そう、そこまで集中して聞くことは、今はなかなかしなくなっていますから。僕は音楽というのは、脳に直接刺激を与えてくれるものだと思っています。そういう意味で、音って、音楽って大切なものだと思います。

S、私は映画がすきで、よく観るんですが、昨年ミッシェル・ペトルチアーニという骨の難病を背負ったフランス人の小さなピアニストのドキュメンタリーを観たんですが、演奏を聴いて魂を揺さぶられる思いでした。

M、ああ、そうですか。でも、僕はそういう音ってあると思います。僕は若い頃、18くらいの頃かな、当時油絵をやっていたから、画材屋さんでアルバイトしてました。(そうすると)画材が安くかえるでしょう。それで、その店は東京の大森にあったんだけど、そこのお母さんが2階でデッサン教室みたいのをやっていたんです。

 そこの一角にグランドピアノが置いてあって、雨の日のお客がほとんど来ない日に、ふとそのお母さんが「これから弾くから」って言って弾き始めるんですよ。僕がその聞き役をさせられるんです。でも、すごくいい音だった。僕はあれを何回か聞かせてもらっていい音を知った。別に彼女はプロではなかったけれど、それなりの音を出していました。

S、どこかの音楽大学の出身者だったんでしょうか。

M、多分そういう人だったと思います。

S、画材屋のご亭主のために、音楽の道を諦めたみたいなエピソードがあったかも知れませんね。

M、僕はああいう人の音をナマで聴いたのは(影響が)大きいと思っていて、いつかここにグランドピアノを置いて、だれか弾ける人が来たら弾かせてやりたい。そういう環境を作っておきたいと思っています。

 ああ、それと最近、データを入れると勝手にピアノが演奏するやつがあるでしょう。あれが一台欲しいなと思ってるですよ。

S、あれって、ソフトがついていてそんなに高くないはずですね。

M、そう、安いのは5万円くらいであるみたいです。簡単なやつだけど。

S、今はスゴいですね。話がちょっと飛びますが、iphoneに演奏を聴かせると、たちどころに曲名と作者が表示されるソフトがありますね。あれはスゴいと思います。

M、ああ、知ってます。

S、音声識別ソフトでしょうけれど、何十万曲ものメロディーが入っているんでしょうね。

M、スゴい。

S、本当にスゴいですね。PCやインターネットの世界は何でもできる、っていう感じですね。


(以下は次号に)

2013シェムリアップ訪問記(13)森本さんとの会話 その8 [森本喜久男さんとの内緒の話]

こんばんは。今日もこのブログを読んでいただきありがとうございます。おそらく森本喜久男さんとのインタビューをこれくらい明け透けに書いているブログは他に無いと思います。例によって、Sは私、Mは森本さんです。

さて、今日の話題は…。

音楽のこと】

S、たまにはこちらに置いてある機材で音楽を聴く事もあるんですか?

M、ありますよ。最近は毎日のようにジャズを聴いています。「サンスイ」のアンプと「JBL」のスピーカーはとても相性が良くていい音が出ていたんですが、気候のせいか、オーバーヒートして壊れてしまいました。それで、「テクニクス」の古いアンプで聴いています。

S、暑さのせいで回路が傷むんでしょうか?

M、何なんでしょうかね。オーバーヒートするんです。僕はアンプと縁が無いなんて言ってるんですが、ちょっと気に入ったアンプがあってもすぐ壊れてしまいます。だから、壊れたアンプはいっぱい持ってますよ。

S、今となっては貴重品ばかりですね。サンスイなんて今は新しいのは出てないですからね。

M、ないですね。ジャズの好きな人はサンスイのこのアンプ、907のことはみんな知ってますよ。

S、超有名ですからね。

M、僕は若い頃はとてもこんなのは買えなかったですよ。当時で20万円くらいしてましたから。

S、高値の華でしたね。でもああいう「アンプの技術」みたいなのがいっぺんに廃れてしまいましたね。もったいないですね。CDの技術なんてそんなにすごいとは思わないです。

M、このアンプでないと聴こえてこない音がありますからね。僕らはレコードで育った世代だから、レコードの音の世界があるんです。CDだとそれがちょっと狭いですね。周波数の上と下がカットされていますから。CDしか知らない若い世代は音楽の感動の範囲が狭まっていると思います。

S、レコードプレイヤーだと、ワウフラッターの低減だけに専念していましたからね。その延長線上にCDが出て来て、みんながワッと飛びついた感じです。私はワウフラッターのアソビみたいなものを楽しむことも必要かなと思います。生演奏を聴いたって異音はありますからね。完全な無音状態でやるわけじゃないですから。臨場感って、むしろそういう雑音から生まれることもありますよね。

M、そうですね。ところで、今ニューヨークで演奏している知り合いのギタリストが来月の蚕祭り来たいと言ってくれているんですよ。でもそのためには彼の航空券代を払わなければならないので、ちょっとそれは負担できないから、こちらにいる間にホテルで演奏して稼いで欲しいと言ってるんです。僕が(航空券代を)出すと言えば彼は飛んでくるんですが、それはちょっと…。

S、有名なんですか。

M、まあまあです。僕らの知っている有名なミュージシャンと競演もしています。僕は彼の生のギター演奏をこの村の子ども達に聞かせてやりたいんです。やっぱり、あのアコースティックな音はここのCDから流れてくる安っぽい音楽とは全く違うものです。そういう違うものがあるということを子ども達に知らせてやりたいんです。今年は無理でしょうが、来年には実現させたいと思っています。

(以下は次回に)

2013シェムリアップ訪問記(12)森本さんとの会話 その7 [森本喜久男さんとの内緒の話]

こんばんは。今日も読んでいただきありがとうございます。

2013年2月9日に森本さんと交わした会話の7回目です。Mは森本さん、Sは私です。
 
【人を育てる】

M、僕はここでも、「リアリティーがあるかないか」ということを冷たく言うのですが、それは言葉だけの問題じゃないからです。皆が食えるか食えないかの問題ですから。それしかないから。

僕はあまりいろいろなことをしゃべらない方です。それが結果として意味があるか、リアルかどうかということに重きを置いているからです。

S、(森本さんは)人に教えるタイプじゃないですね。

M、(ハハ)そうですね。僕は人を育てていますからね。僕は先生みたいなタイプじゃないですから。僕は実践の中で人を育てていくタイプです。

S、そうですね。能力を引き出す感じで、教えるというタイプじゃないですね。ある意味、非情さがありますね。でも実際、使えないヤツは使えないですから。どこでも一緒ですよね。教えられたものだけでやっていると限界はあります。

M、前からよく言っているんですけど、基礎編があって、応用編があるんですね。応用編を何回か経験しないと、今度違うシチュエーションがあった時に、それに対応できないんです。

S、ひとつにはマインドの部分がありますね。先ほどのお知り合い方の話みたいに、逆境をチャンスに変えるみたいな気持ちがあるかどうか、みたいな話ですね。

M、そうです。最近インターネットを見ていると、若い人が起業したい、海外に行きたいけど、お金もないし経験もないし、みたいなことを書いているのをよく見ます。でも僕はその人に聞きたくなります。「いったい、いくらあったら出来るの?」って。100円しかなかったら100円で出来ることがあるし、1000円なら1000円でできることがあるんです。

S、今は、いろんな情報があふれていますからね。

M、そのことに彼(彼女)は気がついていない。自分に経験がないと言うけど、今までに実際、20年、30年生きてきたんだから、その経験はあるわけだから。

S、単にやってない、行動に移さないだけですよね。

M、僕はそれを「無いない尽くし」の話にしちゃわないで、すべてのことを、マイナスのことも含めてエネルギーに変えることができると思う。だから、「あなた、本当にやる気あるの?」って、言いたくなるんです。本当にやりたかったら、すぐやればいいじゃないか、って思います。

S、でも、実際にやってる人もいっぱいいますよね。頑張って働いて100万円貯めて海外に行って活動して、なくなったらまた帰ってきて、また稼いでもう一回行くみたいなことをずっとやってる人は、忙しいから泣き言なんか言ってないですね。

M、だと思います。

(これから先は次回に)


2013シェムリアップ訪問記(11)森本さんとの会話 その6  [森本喜久男さんとの内緒の話]

こんにちは。今日も読んでいただきありがとうございます。 

2013年2月9日に森本さんと交わした会話の6回目です。Mは森本さん、Sは私です。


伝統の森の生活】

S、泊めていただく部屋には電源ありませんね。

M、ありますよ。

S、じゃあ、10時くらいまでは使えますね。

M、ええ、普通に使えます。ちゃんと見ていないんだけれど、この間もらったソーラーのパネルが付いていて、一つの電源は一晩中大丈夫です。

S、じゃあ、コンピューターの電源もそこから取れますか。

M、その電源コンセントは無かったと思います。照明用だけです。

S、どのみちアルコールを持ち込みましたので、それほど遅くまでは起きていられません。

M、飲むものありますよ。

S、ここで飲むと(2時間の)時差ぼけの関係で眠ってしまいそうです。こちらの夜10時は日本の12時ですからね。年ですから、夜遅くはダメです。朝は早く目覚めるんですが。

M、僕も朝4時半ころに目が覚めることがあって、そのまま起きてしまいます。そうすると7時ころに眠くなることもありますので、30分くらい寝ます。

S、夜は普通何時頃に寝るんですか。

M、僕は割と遅くて、12時ころです。

S、私もほぼ同じで12時に寝て5時に起きるという感じです。でも、時々疲れが溜まると1ヶ月に1回くらい、うんと早く寝ることもあります。そろそろ、おいとまします。いろいろやる事もあるでしょうから。


【タイ時代の知人】

M、おや、日本から電話だ。「ご無沙汰です。お元気ですか。カンボジアに? 本当に? すごい、すごい。あまり行っていないです。村を作ったんですよ。荒れ地を開墾して、今150人くらい住んでいます。砂糖椰子みたいなやつですか。へえ、研究用ですか。なるほど。もし時間があったらのぞきに来てください。ありがとうございます。了解です。はい」。
昔お世話になった方です。

S、日本からとは思えないほど音声がクリアですね。

M、東京からです。この人面白い人で、水の浄化の酵素とか、ゴミ焼却場の匂い消しの酵素なんかを研究しているんです。特別な菌を使うやつです。

S、その道の専門家ですか。

M、いや、専門家ではないのですが、研究している人たちとコネクションを持っていて、それをビジネスにしている感じです。昔僕がタイにいたころ、彼の仕事を手伝ったことがあるんです。

エビの養殖池は育成剤使用の過多で、3〜4年するとヘドロになって池がダメになってしまうんです。そのダメになった池を再生する事業をタイでやっていたんです。1年間僕はそれに付き合っていたんです。ヘドロの池が酵素で分解することで、キレイになるんです。そういう菌がいるんです。

S、へえー、そうなんですか。

M、僕はあの菌は面白いな、と思いますよ。

S、画期的ですね。

M、それを開発した先生がいて、東大の研究所にいたような方で、その人と組んで、商品化するみたいなことをしています。

S、競合がいなければ独壇場ですね。

M、まあ、そうですね。今では同じようなことをしている人が結構いるみたいです。

S、でも、先行者利益はあったのでしょうね。

M、彼は変わった人間で、物事をとてもリアルに考え、判断していくんです。マイナスをプラスに変えるにはどうしたらいいか、みたいな発想をするんです。僕はそれを彼から学びました。どんな大変な状況にあっても、それをプラスにしていくのです。

S、よくいう逆転の発想ですか?

M、それを本能的に持っているんです。横で見ていて面白いなと思いました。彼の話を何回か聞きましたが、逆境の中で生きて来たんです。

S、それほど高齢ではないですね。

M、僕より若いですよ。今60歳くらいですか。面白い人です。ブラック経済の人ですが、過去の日本のK首相なんかも同じです。当時僕は、あんなヤクザに日本を任せちゃったんだから、どうなるか分かんないと思いましたよ。
彼とはバブルの時代、90年代に知り合いの知り合いから紹介されたんですが、彼のやっていることが面白いなと思って1年くらい付き合いました。

それで、いろいろな話を聞いたんですが、面白いなと思いました。リアルな生き方をしてきていましたから。判断が非常にはっきりしていました。僕は彼から学んだことがいくつかありますね」。


(続きは次回に)

2013シェムリアップ訪問記(10)森本さんとの会話 その5 [森本喜久男さんとの内緒の話]

こんばんは。今日もこのブログを読んでいただき感謝いたします。さて、今回は2013年2月9日に森本さんと交わした会話の5回目です。Mは森本さん、Sは私です。


遺跡保存という名目で】

M、ここ(伝統の森)だってこんなに水が多い理由は、オーストラリアのあるチームが遺跡保存のためだって言って数年前に土手を作ったのが原因なんです。もともとは水が流れていたところに、です。当然水は流れなくなります。そのために、この村が半分水に浸かることになってしまいました。僕は「人災」だと思っていて、オーストラリアの大使館に直談判に行って大使に文句を言ってやろうかと考えていたんです。そうしたら、(皮肉なことに)オーストラリアの大学生が大勢ここに来ることになりました。

S、それじゃ、彼らにこの状況を教えてやらないといけませんね。現地で実情を見ればすぐ分かることですから。

M、遺跡が出来てから1000年経っていますが、遺跡を通過する水の流れはずっとあった訳です。それでも遺跡が被害を受けたり、なくなることはなかったのですから、わざわざ土手を作って守るなんて必要ないことです。むしろ、その周辺に暮らしている人たちの生活圏を壊しているのです。

S、もし土手を作るにしても別の水路を作って水を流してやるべきですね。

M、土手を作った時にすこしお金が出たそうで、それを欲しがった村長や区長がいたわけなのです。実は、その村長とか区長が土手のできた直後に死んでいるんです。土地の神様ののろいかも知れないと地元の人は思っています。僕は、あの土手を壊さなかったら、まだ他に2〜3人死ぬかもしれないと言っています。
面白いことに、土手が結構壊れるのです。水が自然に壊していくのです。川がもとあった流れに戻りたがっているんだと思います。

S、なるほど、元々自然にさからうことに無理があるんでしょうね。作っちゃいけないものを作ると壊れますよね。

M、人間の作るものなんてもろいものです。だから、僕ら洪水になったときに、もう少し大きな洪水になったらいいな、土手が壊れちゃうから(笑い)と思って見てるんですよ。

S、ここまで来る道中はカラカラに乾燥していたのに、ここに着くと本当に水が多いですからね。すごく真っ平らな国なのに、なんでこんなに水のあるところと無いところに偏りがあるんだろうか、と思います。

(以下次号)

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