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ある若者の〈カンボジア〉 シェムリアップ訪問記 9 [シェムリアップ訪問記]

YAMATO GUEST HOUSE
4人部屋ドミトリー、エアコン付き、WiFiあり、1泊6ドル。


部屋に入ると大学生が二人いた。今は大学生は夏休みらしくこの宿には他にも日本の大学生がうじゃうじゃいて、毎日入れ替わり立ち替わりしている。

19時、宿にあるレストランで食事をしようとしていたらKさんがいた。この宿で僕以外にアキ・ラーに会いたい男子大学生がおり、その人と19時に待ち合わせしているらしく、地雷について話をする為にこの宿に来ていた。一緒にどうですかと言って頂いた。

大学生とKさんと3人で飲みながら地雷について話をした。

「Kさんはなぜこのカンボジアで地雷博物館ガイドをしようと思ったんですか?」と大学生が聞く。

「昔、イラクで日本人3人が武装勢力に拘束されたのを知ってますか?その時に拘束されたのは高遠さんという女性の方と郡山さんと、あと今井さんという18歳の男性の方で、最後は無事に解放されたんだけど、その人たちは日本で凄いバッシングを受けた。自己責任だと。そして日本の一部の人たちはその人たちの家族にも酷いバッシングをした。

私は思った。なぜあの人たちがバッシングを受けなければならないのか。高遠さんたちは純粋にイラクの為に働き、イラクの為に尽くしていたのに。なんでだと。声を上げたかった。でもまず声を上げるには自分が行動しないといけないと思った。その時に会社を辞めて海外に行こうと決めた。57歳の時だった。なぜカンボジアかは地雷について興味があったからで本当は始め地雷の除去に携わろうと思っていた」


「除去はさせてもらえなかったんですか?」
「とてもじゃないけど僕には無理だと思った。暑い中、防護服を着てどこに地雷が埋まっているかもわからない道を歩き、作業するなんて。でも地雷についてはよく知っていたのでガイドの仕事をするようになった」

「僕もカンボジアの地雷についてなんでもいいから関わりたいです!」大学生は目を輝かせてそう答える。

そこにKさんの知り合いという日本人女性が来た。旅行でたまたま訪れたこのカンボジアに住みたいと思い、10年働いた会社を辞めて今はここで日本語の先生をしながら暮らしているという。


話は地雷以外の話になった。

「カンボジアには本当にたくさんの日本語教師英語の教師が来る。でもその人たちは短期で訪れて少し先生をして、たっぷり遊んであげて現地の子どもたちと写真を撮ってそれをフェイスブックに載せていい経験をしたアピールをして満足気に帰っていく。去ってはまた新しい先生が来て、少し教えて遊んであげてまた去っての繰り返し。

子どもたちは勉強というよりいい遊び相手がまた来るという感覚でしかなくなってきてるんですよ。私たちはここに住んで真剣に日本語を教えてたまに怒ったりもします。でも私たちのような先生は子どもたちからしたら面白くないんですよ。終いには無視されるようになってそこの学校辞めました。私はそういう旅行気分で短期で教えに来る人たちをどうかと思います。結局真面目にやってる人が一番バカを見るんですもん」

「そうですよね…俺、この前現地の子どもたちと交流して、それフェイスブックにアップしたなぁ」と大学生。

「でもまずは短期でもいいから来て、何でもいいから何かをして帰っていく。それから考えるのも私はありだと思う」Kさんがすかさずフォローする。フォローというか本音ですね。


考え方は人それぞれだ。ここに住む日本語教師からしたら、そういう人たちは本当にカンボジアの人たちのことを考えていないと思ってしまうのだろう。わかる気がする。

4、5時間は話しただろうか、世代の違う人たちと話すのはとても刺激になった。



(続く)

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